1.訪問診療で最も難しいのは「患者さんを集めること」
訪問診療のクリニックを開業する医師が、最初に直面する問題は何でしょうか。
1.医師の確保でしょうか。2.看護師でしょうか。3.診療所の開設でしょうか。
もちろん、それらも重要です。しかし、経営面で非常に大きな問題になるのが、
「患者さんをどうやって確保するのか」ということです。
クリニックを開設しても、患者さんがいなければ売上は発生しません。
そのため通常の訪問診療クリニックでは、ケアマネジャー、老人ホーム、訪問看護ステーションなどへ営業し、少しずつ患者さんを紹介してもらいます。
ところが、皆さんの場合は違います。
すでに患者候補となり得る利用者との接点を持っているからです。
2.訪問介護の利用者を200~300人持っている事業者
例えば、訪問介護事業を経営していて、200人、300人という利用者を抱えている会社。
その中には、糖尿病、高血圧、心疾患、認知症、脳血管疾患など、継続的な医療管理が必要な高齢者も少なくないと思います。
もちろん、現在の主治医との関係や患者さん本人の選択を無視して、自社の医療機関へ誘導することはできません。
しかし、訪問診療を必要としている方に、新しい選択肢を提供することはできます。
これが大きなポイントです。
ゼロから訪問診療事業を始める医療機関と違い、すでに地域で介護サービスを提供し、多数の利用者との接点を持っています。
つまり、すでに耕す畑を持っているのです。
3.住宅型老人ホームの経営者はさらに強い
次に、住宅型老人ホームを複数経営されている事業者です。
例えば、50床の施設を5施設運営していれば、250人。
60床を5施設なら、300人です。
高齢者施設では、介護だけでは完結しません。
医療が必要になります。さらに、歯科も必要になります。
つまり、介護+医科+歯科
という3つのサービスを連携させることができれば、利用者にとって非常に利便性の高い体制になります。
4.就労支援事業者にも大きな可能性がある
そして、もう一つ注目していただきたいのが、
就労支援事業です。
100人、200人という利用者を抱えている就労支援事業者もあります。
利用者の中には、身体面だけではなく精神科領域を含め、継続的な医療支援を必要としている方もいます。
ここでも重要なのは、「利用者がいるから患者にする」という発想ではありません。
そうではなく、すでに利用者との接点を持っているからこそ、本当に医療を必要としている方へ適切な医療につなげる仕組みを作れる。
ということです。
これが福祉と医療を連携させる意味です。
5.なぜ「医科+歯科」なのか
そして私は、訪問診療事業を検討するのであれば、
医科だけではなく、歯科まで考えていただきたい。と思っています。
高齢者施設では、歯科需要が非常に大きいからです。
例えば、入れ歯の調整。歯周病管理。口腔衛生管理。摂食・嚥下機能への対応。
そして誤嚥性肺炎の予防につながる口腔ケア。
高齢者にとって、「食べる」という機能を維持することは、その人の生活そのものを守ることにつながります。
ですから、医科の訪問診療だけで終わらせず、医科+歯科の訪問診療体制
を構築することには大きな意味があります。
6.「医科と歯科を一緒にやるなんて無理でしょう?」
ここまでお話しすると、多くの経営者や医師から言われます。
「先生、それは大きな医療法人だからできるのでしょう?」
「医科と歯科を同時に運営するなんて難しくないですか?」
「私は医師なので歯科のことは分かりません。」
確かに簡単ではありません。
しかし、医療法人という組織で考えると、発想が変わります。
医療法人は、一人の医師がすべての診療を自分で行うためだけの仕組みではありません。
必要な医師、歯科医師、看護師、歯科衛生士、医療事務などを配置し、
それぞれが法令上の役割と責任を果たしながら、
法人として複数の医療機能を運営するという考え方ができます。
7.「医師一人のクリニック経営」から「医療法人経営」へ
ここが非常に重要です。
個人開業の場合、院長先生自身が、診療して、スタッフを管理して、請求を確認して、
経営まで見る。
どうしても、「院長=経営者=診療担当者」という構造になりやすい。
しかし、一定規模以上の医療法人を運営する場合は考え方を変える必要があります。
例えば、経営・管理部門
法人全体の
- 人事 ・経理 ・採用 ・行政手続 ・診療報酬請求管理 ・施設との連携する。
医科部門
医師、看護師、医療事務を配置し、訪問診療を行う。
歯科部門
歯科医師、歯科衛生士、歯科助手などを配置し、訪問歯科診療と口腔管理を行う。
つまり、「全部自分で診療する」のではなく、「組織として医療を提供する」
という考え方です。
8.介護事業者が医療へ参入するときの注意点
ただし、ここは非常に大切なので誤解のないようにお話しします。
一般企業が医療法人格を取得したからといって、自由に医療を経営できるという意味ではありません。
医療法人には医療法上のルールがあります。
診療所の開設にも手続きがあります。
管理者には医師・歯科医師としての責任があります。
医療法人の役員構成にもルールがあります。
そして診療報酬にも細かな算定要件があります。
さらに、医療法人は株式会社のように利益を株主へ配当する法人ではありません。
ここは非常に重要です。
ですから私が言う、「医療という種をまいて、利益という収穫を得る」というのは、
医療法人から出資者へ配当するという話ではありません。
適切な医療を提供した結果として医療法人に収益を残し、人材、設備、新しい診療所、訪問体制などへ再投資し、介護・福祉・医療を含めた事業グループ全体を強くしていく。という意味です。
9.患者200人の場合を考えてみましょう
例えば、訪問診療を必要とする患者さんが200人いるとします。
仮に一人当たり月3万円なら、
200人×3万円。 月600万円。 年間では、7,200万円。
さらに患者さんの状態と算定要件によって、適法に各種診療報酬を算定できるケースがあります。
そして、歯科訪問診療についても同様です。
200人全員が対象になるわけではありませんが、
歯科診療や口腔管理を必要とする患者さんが一定数いれば、
医科とは別の診療収益になります。
つまり、一人の利用者を「介護」「医科」「歯科」という異なる専門職が連携して支える仕組みを作ることができます。
10.300人ならどうなるでしょう
同じ考え方で、300人なら、3万円×300人。月900万円。年間、1億800万円。
これは基本部分だけの単純計算です。
ここへ歯科が加われば、医科単独とは事業構造そのものが変わってきます。
ただし重要なのは、「患者一人からいくら取れるか」という発想ではありません。
必要な患者さんに必要な医療を提供し、算定できる診療報酬を正しく算定する。
これが大原則です。
11.介護・福祉事業者には、すでに最大の経営資源がある
ここで最初の話に戻ります。
訪問診療をゼロから始める医師には、医師免許があります。医療知識があります。
しかし、患者さんがいません。
一方、介護・福祉事業者の皆さんには、すでに、200人。300人。場合によっては500人。という利用者との接点があります。施設があります。介護スタッフがいます。
看護師がいます。地域とのネットワークがあります。
だから私は、「皆さんは、すでに畑を持っている」と申し上げているのです。
12.次に必要なのは「医療を運営できる仕組み」
必要なのは、単に医療法人格を取得することではありません。
重要なのは、医療法人格+医師+歯科医師+スタッフ+行政手続+診療報酬+運営管理
これらを一つの仕組みにすることです。介護会社の経営ノウハウだけでも難しい。
医師一人だけでも難しい。だからこそ、経営者と医療者が、それぞれの役割を守りながら協力できる組織を作る。
これが成功のポイントになります。
13.最初から全部やる必要はありません
「医科も歯科もやるなんて大変だ」と思われる方もいるでしょう。
それなら、段階的に進めればいいのです。
第1段階
医療法人の体制を整え、医科の訪問診療から開始する。
第2段階
6か月から1年かけて、医師、看護師、事務スタッフの運営を安定させる。
第3段階
歯科診療所または歯科部門の開設に必要な手続きを行い、歯科医師・歯科衛生士を配置する。
第4段階
医科+歯科+介護・福祉の連携体制を完成させる。これなら現実的です。
14.これからの介護事業は「介護だけ」で考えない
これから高齢者がさらに増えていく中で、利用者が必要としているものは、介護だけではありません。
医療。歯科。看護。リハビリ。栄養。口腔管理。これらをどう連携させるかが重要になります。
だからこそ、訪問介護、訪問看護、住宅型老人ホーム、就労支援事業などをすでに展開している事業者には、大きな可能性があります。
15.最後に
皆さんは、ゼロから畑を作る必要はありません。
すでに、耕す畑があります。
そこには、利用者がいて、スタッフがいて、施設があり、地域との信頼関係があります。
その畑に、次は、医療という種をまく。そして、医科だけではなく、歯科というもう一つの種もまく。ただし、医療は単なる収益事業ではありません。
患者さんの選択、医療者の独立した判断、医療法人制度、診療報酬制度を正しく守ることが絶対条件です。
そのうえで、介護+医科+歯科を一体的に考える。
これができれば、利用者にとっては、「住み慣れた場所で、介護も医療も歯科も受けられる。」事業者にとっては、
「既存の利用者基盤を活かしながら、新しい医療サービスを構築できる。」
医療法人にとっては、「安定した患者基盤のもとで、継続的な地域医療を提供できる。」という、三者にメリットのある仕組みを作ることができます。
すでに畑を持っている事業者こそ、次の一手として医療を考える。
これからの介護・福祉事業経営では、ぜひ、この視点を持っていただきたいと思います。
※一般事業者が医療法人を取得すれば自由に医療を経営できる、という誤解を招かないよう、医療法人の非営利性、医師・歯科医師による適正な管理・診療、役員構成や開設・指定・診療報酬上の要件を守ることを前提とした表現にしています。「利益」は医療法人からオーナーへ配当する意味ではなく、適正な事業収支・法人内部の再投資余力という意味で整理します。